西時津郷の「がばいばあちゃん」
2026.06.09

どうしても四十七年目にして亡き夫の五十回忌をしようとする八十八歳の「山本ヌイ子」さんという女性がいました。

三年も前倒しで法事をしようとする理由を察して法事をお受けしました。その理由は癌で余命半年と宣告されていたからでした。ヌイ子さんは、若くして先立った夫の五十回忌をどうしても自分自身の目で見届けておきたかったのです。

 ヌイ子さんの訃報を聞き、私は枕(まくら)経(ぎょう)に向かいました。玄関先で迎えてくれた息子さんが「完璧な親孝行ができたと思います」と涙ながらに話してくれました。最期六ヶ月の家族の過ごし方を聞いて、私は涙を堪えられませんでした。

 今の時代、ほとんど人の「終(つい)の棲家(すみか)」は病院か施設です。しかし、ヌイ子さんの家族は「ばあちゃんには、病院に入れんで、最後まで家にいてほしか」といって、病院に入院させず自宅療養という形を選択したのです。

さらに家族がとった行動は驚きました。なんと最期の日まで「この日は私がいるようにする。」「この日のこの時間帯は私がなんとかする。」といって子や孫がスケジュールを組んで、誰かがおばあちゃんと家にいる時間を作ってお世話をしたのでした。

その思いはみんなで、おばあちゃんに寂しい思いはさせまいと・・・。

 ここまで家族が強い想いでヌイ子さんを介抱するようにしたのには、理由がありました。

それは早くに夫に先立たれ、若かった当時のヌイ子さんが家族のためにやってきたことにあります。

女手一つで子供たちを育ててくのには並大抵のことではありません。

日が昇らないうちから畑に行き、日中は工事現場や鉄工所で働きながら夜は月明かりで畑仕事をこなし、夜中の畑泥棒と通報されることもあったほど兼業農業を何十年も続けました。

身心ともに疲れてボロボロになろうとも家族を支えるために身体が動く限り働き続けていくのでした。

 そんな母親の苦労を見続けてきた子供たちには、いつも家に居ない母親にうんざりすることもありましたが、大人になってからは、自分たちの為だったのだと理解していくのでした。

「今の家族は、おばあちゃんが頑張ってきてくれたからだ。最後くらい、おばあちゃんに何とか恩返しをしたい」 それが家族と共に過ごした最期の六ヶ月だったのでした。

日蓮聖人は真の「報恩」を果たすためには、すぐれた教えである仏教を極めなければならないとご教示されてきました。しかしながら仏教を極めるためには、父母や師匠たちをさしおいて、脇目もふらずに修行・勉強に励む必要があります。仏教の開祖であるお釈迦様も、最初は出家するために親を捨ててしまうことになりましたが、仏となってからはその功徳で世界一の報恩を果たし、世界一の孝行者となられました。

このように、いったんは「恩知らず」に見えることが、仏道のためには必要なのかもしれません。

たとえ今は忘れていても、また分からなくても思い出して、山本さん家族が行った六ヶ月のように、「恩を返し恩に報いる」そんな心豊かな人になりたいもので

法妙寺 持永海宣
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